ゴルフの世界4大大会の1つ、全英オープン(The Open Championship)は1860年にスタートしました。今年で138回目を迎えます。当然、4大大会で最も古い歴史を誇ります。
全英オープンの開催は「リンクス」、つまり、「海沿いのコース」に限られています。開催地はイギリス国内のゴルフ場による持ち回りですが、5年に1度はゴルフ団体、Royal and Ancient Golf Clubの本部のあるセント・アンドリュースで行われることになっています。
ところで、ゴルフ競技はなぜ18ホールで行われるのでしょうか?
全英オープンがリンクスで行われるのと関連があるようです。ゴルフの発祥については諸説ありますが、羊飼いが海岸沿いにゴルフ(のようなもの)を行っているうちに、海によって18番ホールで行き止まりになった。そのため、ゴルフは18のコースとホールで行うようになったとの説もあります。
全英オープンは海の側で行われますので、天候の急激な変化に対処する必要があります。4日の大会期間中、必ず、1日または2日、強い海風が吹き、寒さと雨との戦いになります。加え、起伏の大きい上に、狭いコースには深いバンカーが数多くあり、フェア-ウエイの外側はボールを見失い易いブッシュですから、遠くに飛ばすよりも、高度な技術に裏打ちされた正確なショットが要求されます。
全英オープンに勝つには力よりも技が必要と言われますので、4大大会の中で日本人選手が優勝するのであれば、恐らく、全英オープンであろう、と言われています。
因みに、日本人の男性ゴルファーは4大大会で1度も優勝していません。石川遼選手がタイガー・ウッズと同じレベルの技を早く習得して、世界1を実現して欲しいものです。
Today, I gave a lecture to people living in the city of Fuchu at its educational center under the title of “sports and television”
Television was rapidly penetrated into homes in eras of 1950s and 1960s. Color television accelerated the popularity of sports. Now, television is a good friend of sports.
In 1962, NFL commissioner made an exclusive agreement with CBS. This was an epoch-making to the sports world. Because, the role of the commissioner was dramatically changed. Before reaching the agreement, the commissioner played the role of the judge within the world of his league. After that, the function of businessman was added to his responsibilities. In accordance with the growth of popularity for professional games through television, business of the merchandising was developed and the merchandising helped to create the concept of sponsorship.
As the result, the local market in franchise area has been managed by each club exclusively, while the national market for the exploitation of rights including television, merchandising and sponsorship has been handled by the commissioner. Economically, clubs and the commissioner divide markets and keep a sellers’ market respuctively. This system is extended to today.
Being different from the USA, Japan has not given any authorization to the commissioner to exploit rights at the national market.
In 1959, 3 years before when NFL commissioner made an exclusive agreement with CBS, the Yomiuri Shimbun (Newspaper) who was a parent company of Yomiuri Giants invited the Showa Emperor to the game against Hanshin Tigers at Korakuen Stadium (currently Tokyo Dome). This game was very meaningful historically. Professional baseball became the national pastime by the game which the emperor watched. That game was televised by NHK and NTV. Television right was sold to TV stations by Yomiuri Giants. Since then, each club has kept television rights and the commissioner has not involved in any aspect of baseball business.
Japanese baseball allows each club to exploit its own rights. Unfortunately, this system makes revenue of each club big gap, which leads each club in uncomfortable phenomenon to “competitive balance”.
テイラー・レポートは、テラス(立見)席を止めて、全部着席にすることを勧告しました。これを受け、イギリス政府は、補助金を計上すると同時に、クラブに対してスタジアムの改修を義務付けました。イギリスでは、スタジアムはクラブが保有しています。クラブの多くは1900年前後に創立されていますので、スタジアムも、当然、老朽化していました。
なぜ、スタジアムが古いままだったのでしょうか?端的に言えば、クラブにはお金がなかったからです。
アメリカでは、テレビの家庭普及と共に、リーグや球団の経営が安定するようになりましたが、イギリスのテレビは公共放送ですから、多額の放送権利料は期待できません。加え、地方自治体によるクラブへの経済支援も許されていませんでした。クラブの収入がチケット販売に依存する構造でしたので、クラブは古くなったスタジアムを改修する資金的余裕がなかったのです。
ところが、テイラー・レポートによって、イングランドのサッカーが世界をリードすることになりますから、世の中は、案外、「万事塞翁が馬」とも言えます。
スタジアム改修費の捻出方法は2つです。チケット代金の値上げと放送権利料の引上げです。チケット代金の方は、スタジアム修理の名目がありますので、比較的容易な言い訳があります。問題は放送権です。
幸いなことに、ヨーロッパの各地で有料衛星放送局が生まれていました。放送権を自由に管理したい有力クラブが、イングランドサッカー協会に脱退を仄めかすなど、新しいリーグ創設に動き出します。そこに、有料放送局が近付いてきました。結局、プレミアリーグが1992年に設立され、テレビ放送も入札の結果、有料衛星放送のBritish Sky Broadcasting(BスカイB)と独占契約を締結することになりました。
イギリスの人々は、それまでなかった、サッカーの生中継を見るためにBスカイBとの契約に殺到しました。BスカイBは翌年の1993年には単年度黒字を達成します。放送権利料が上昇しますので、チケット代金の値上りと相俟って、クラブの経営は潤沢になります。スタジアムが改修され、装いも新たになりますと、男性労働者の溜まり場だったスタジアムに女性や子供も足を運ぶようになりました。また、経済的に余裕のできたクラブは、海外の有力選手獲得にも積極的になります。そうなりますと、質の高い試合が期待できます。益々、ファンがスタジアムに押しかけ、テレビ視聴契約者の数も増加します。この好循環がプレミアリーグを世界一のリーグに引上げました。
今日のプレミアリーグの隆盛は、テイラー・レポートが切っ掛けです。「禍転じて福となす」例です。
第2回目のセミナーは「ヨーロッパサッカー」です。第1回がアメリカのプロリーグでしたので、次のようなアメリカとヨーロッパの相違を軸に、話を進めました。
アメリカ ヨーロッパ
プロ中心 アマチュアの精神
フランチャイズ 昇格・降格
リーグ優勝=世界1 リーグ優勝は通過点
独立のリーグ経営 アマの協会傘下のプロリーグ
球団(オーナー)優先 連盟(協会)優先
儲かる仕組み 燃える仕組み
戦力の均衡 自由競争
現在のサッカーの経済的仕組みは、FIFA(国際サッカー連盟)の設立以前に、イングランドにおいて、ほぼ完成しています。即ち、
1870年にイングランド対スコットランドの国際試合が行われ、この時、協会がクラブに代表指名選手を解放(release)する義務を課します。今、代表チーム組成に際し、選手を招集する手法が全世界で行われています。
1871年にFAカップが開始されます。プロ・アマを問わず参加できるトーナメント大会は世界に浸透します。日本では、「天皇杯」と呼ばれます。
1882年にイングランド・スコットランド・ウェールズ・アイルランドの4協会によって、サッカーのルール改正を協議する、国際サッカー評議会が設立されました。今でも、サッカールール改正の権限を持つ世界唯一の機関です。
1888年にイングランドにプロリーグが誕生します。このプロリーグはアマチュアである協会の傘下に留まることを決めます。その後、この仕組みが全世界で採用されることになります。
1889年にプロリーグが昇格・降格の制度を導入します。その後、1898年に「勝ち点」による昇格・降格を実施。同様、世界中でこの仕組みが採用されます。
イングランドは「アマチュアリズム」を生み出しました。お金を稼ぐプロ選手をアマチュアと明確に区別するために、プロリーグを作ったとも考えられます。アメリカのプロリーグと異なり、ヨーロッパのクラブは金銭的貪欲さを示しません。テレビが公共放送であったことも影響しているのでしょう、ヨーロッパのサッカー界は常に貧乏でした。
それを一変させたのが、1992年のプレミアリーグの誕生と、それに続く、プレミアリーグと衛星有料放送のBスカイBとの独占放送契約です。プレミアリーグに多額のテレビマネーが入ってくるようになりますと、他のヨーロッパのライバルリーグもイングランドを真似て、テレビ契約を取り結びます。
この結果、ヨーロッパサッカーの収入システムがアメリカプロリーグの手法に良く似る形になりました。
イングランドのサッカー試合で96名もの死者が出て、事故原因を記した調査報告書がイギリスのサッカー界に大きな影響を与えました。報告書のことを「テイラー・レポート」と呼んでいます。しかし、「人間万事塞翁が馬」の譬えの如く、イングランドのクラブは「禍を転じて福となす」ことになります。テイラー・レポートが世に出るに至った経緯をまとめます。
1989年4月15日、リバプールとノッティングガム・フォレストとの間でFAカップ準決勝が行われました。だが、実際は、試合開始直後に試合は中止になりました。
当時、ゴール裏がテラス席と呼ばれる「立見席」でした。そこは、当然、自由席です。リバプールとノッティングガムの2つのクラブはお互い強く、ライバルでしたので、人気が高く、観客収容人数以上にチケットが販売されたようです。だから、席のない人たちは、続々とテラス席に向うことになりました。
イングランドのサッカーファンは、試合開始の何十分も前からスタジアムに来て試合開始を黙って待つ習慣がありません。大半は、キックオフ間近にスタンドに駆け込んできて、試合終了の笛が鳴ると足早に帰るのが一般的です。
その日、キックオフの時、リバプール側のテラス席は既に満杯状態でした。ところが、スタジアムの入り口は、例によって、長い行列ができていました。その状態でのキックオフですから、入場口は大混乱です。ファンは無理矢理スタンドに突き進んでいきました。不幸なことに、フーリガン対策のために、ピッチとスタンドとの間を仕切るフェンスが張られていました。
後から続々と押し寄せるファンによって、前からテラス席にいた人たちがフェンスに押し付けられ呼吸困難に陥って、倒れた人はそのまま下敷きになってしまい、96名が死ぬ大惨事になりました。
この試合がヒルズボロー・スタジアムで行われたために、「ヒルズボローの悲劇」と呼ばれています。
事態を重く見た政府がピーター・テイラー氏に事故の原因究明の調査を依頼しました。報告書は1990年に公表されました。
Fools rush in where angels fear to tread.







