ヨーロッパサッカーの経営を教えていますと、ヨーロッパの政治・経済・歴史・文化がとても気になります。しかも、ヨーロッパについての「知的好奇心」が強くなるのを時々感じます。
ヨーロッパは、60年前まで、ギリシャ・ローマの時代以前から数千年に亘って、宗教と言語が異なる民族同士ばかりでなく、同じ民族でも綿々と争ってきました。不思議なくらい、戦いの連続でした。ところが、第2次世界大戦後、ヨーロッパは突如EUの旗の下に1つの連合体を目指し始めました。形態は、アメリカ合衆国の連邦と州との二重構造に類似していますし、会社組織で言う所の、ホールディング・カンパニーに似ています。
EUの理念の実現は、従来の国家単位の掟や障害物の破壊・除去が伴います。ヨーロッパの人々はヨーロッパ内の国々を自由に移動でき、職業も自由に選択できます。サッカーではボスマン裁定により、選手移籍が活発化しました。それに刺激を受け、世界中の一流選手がヨーロッパを目指すようになりました。
そうなりますと、1つの国家内の少数異民族に対する圧迫や使用言語への抑制はあまり意味のないものになります。言語と宗教が異なる民族が独立を目指すことを阻止する大義も徐々に薄れていきます。現実に、ユーゴスラビアは多くの国に分割しましたし、スペインでは地方の多くに広範囲な自治権を認めています。
一方で、EUの憲法となる新基本条約であるリスボン条約をイギリスは批准し、アイルランドは国民投票で「No」の結果が出ました。これからも一進一退が続くでしょう。だが、5年や10年の長さでヨーロッパを見ますと、着実に前進していることが分ります。
目を中国に転じましょう。多くの少数異民族を国内に抱える中国は、北京オリンピックを控え、地方の異民族の不穏な動きに神経質になっています。警備の強化や大地震の影響もあるのか、チベットからの報道も少なくなってしまいました。
だが、異民族の主張はオリンピック後も続くでしょう。その時、中国はどう動くのでしょう。EUと違う動きをするのでしょうか?
統合・再編成の過程では摩擦も起りますが、国の恒久的安定のためには宗教・言語・歴史・文化の異なる民族を国の組織の中に平和裡に組み入れていく必要があります。
EUの壮大な実験は中国に格好の見本を与えているように感じます。







