スペインは、ヨーロッパサッカー5大国の一角を占め、強豪として知られていますが、不思議なことに、ワールドカップの優勝に無縁です。ヨーロッパのミニ・ワールドカップ、ヨーロッパ選手権でも1964年(第2回大会)に優勝して以来、これまで優勝から見放されて来ました。その理由として、2つのことが言われてきました。1つ目が地域対立。2つ目は若手選手の出場機会減少です。
1つ目の地域対立とは、中央部、カスティーリャ州のリアル・マドリードと北部、カタルーニャ州のFCバルセロナとの宿命的ライバル関係を指します。
この2つのクラブは、ヨーロッパのクラブ対抗戦(各種大会)の通算成績で1位と2位を保っています。だから、2つのクラブの対立意識が薄ければ、スペインの代表チームはもっと優勝回数が多いと思われます。しかし、現実は、悲惨な歴史が邪魔をしているのです。
共和国時代の1930年にバルセロナを中心とするカタルーニャ州は大幅な自治が許されました。ところが、1936年にフランコ将軍が人民戦線内閣を樹立し、スペインは内乱に陥りました。ヘミングウェイの「誰がために鐘が鳴る」(For whom the Bell tolls)はその時の内乱を背景にした小説です。内乱は、1939年フランコ軍のバルセロナ制圧で終了しました。以来、1975年の将軍死去までカタルーニャ州は抑圧を受け続けました。その怨念は今でも続いています。だから、FCバルセロナ対レアル・マドリードの試合は地域の代理戦争の様相を呈することになります。
スペインの代表チームはダントツに強いこの2つのクラブの選手を中心に編成されます。しかし、昨日まで喧嘩紛いの試合をしていた選手に今日から仲良くしなさいと言っても無理な話だったのです。
2つ目は、世界中の1流選手がスペインに流入していますので、若手選手が出場の機会が減少し、若手の育成が思うようにいかない現実をさします。
スペインは若手選手の育成が上手なことで知られています。ところが、プロになると出場機会が減少するのです。スペインのプロリーグは、毎年、レアル・マドリードとFCバルセロナを核に優勝争いが演じられます。しかし、上位クラブはスペイン国内だけではなく、ヨーロッパの強豪クラブとの戦いが控えていますので、クラブは世界中から最高級の選手を集めます。だから、出番の機会が減る若手の成長が止まってしまうのです。
今回のヨーロッパ選手権では、今年バルセロナが無冠だったために地域対立が緩和された結果かも知れません。スペインが2010年のワールドカップ南アフリカ大会でも力を結集・持続できるかどうか、楽しみでもあります。
ヨーロッパサッカーの経営を教えていますと、ヨーロッパの政治・経済・歴史・文化がとても気になります。しかも、ヨーロッパについての「知的好奇心」が強くなるのを時々感じます。
ヨーロッパは、60年前まで、ギリシャ・ローマの時代以前から数千年に亘って、宗教と言語が異なる民族同士ばかりでなく、同じ民族でも綿々と争ってきました。不思議なくらい、戦いの連続でした。ところが、第2次世界大戦後、ヨーロッパは突如EUの旗の下に1つの連合体を目指し始めました。形態は、アメリカ合衆国の連邦と州との二重構造に類似していますし、会社組織で言う所の、ホールディング・カンパニーに似ています。
EUの理念の実現は、従来の国家単位の掟や障害物の破壊・除去が伴います。ヨーロッパの人々はヨーロッパ内の国々を自由に移動でき、職業も自由に選択できます。サッカーではボスマン裁定により、選手移籍が活発化しました。それに刺激を受け、世界中の一流選手がヨーロッパを目指すようになりました。
そうなりますと、1つの国家内の少数異民族に対する圧迫や使用言語への抑制はあまり意味のないものになります。言語と宗教が異なる民族が独立を目指すことを阻止する大義も徐々に薄れていきます。現実に、ユーゴスラビアは多くの国に分割しましたし、スペインでは地方の多くに広範囲な自治権を認めています。
一方で、EUの憲法となる新基本条約であるリスボン条約をイギリスは批准し、アイルランドは国民投票で「No」の結果が出ました。これからも一進一退が続くでしょう。だが、5年や10年の長さでヨーロッパを見ますと、着実に前進していることが分ります。
目を中国に転じましょう。多くの少数異民族を国内に抱える中国は、北京オリンピックを控え、地方の異民族の不穏な動きに神経質になっています。警備の強化や大地震の影響もあるのか、チベットからの報道も少なくなってしまいました。
だが、異民族の主張はオリンピック後も続くでしょう。その時、中国はどう動くのでしょう。EUと違う動きをするのでしょうか?
統合・再編成の過程では摩擦も起りますが、国の恒久的安定のためには宗教・言語・歴史・文化の異なる民族を国の組織の中に平和裡に組み入れていく必要があります。
EUの壮大な実験は中国に格好の見本を与えているように感じます。
新聞報道によれば、イングランド・プレミアリーグが2011年から海外での公式戦開催を検討しているそうです。現在、20チームがホーム・アンド・アウェー方式で年間38の試合を行っていますが、各チーム39試合に増やして、増えた10試合を世界各地で行うと言うものです。
いよいよプレミアリーグも海外に本格的進出です。プロリーグの海外での公式戦開催はNBAが1990年に東京で行ったのが最初です。その時の日本側の責任者が私です。NBA側の責任者が現在NHLコミッショナーのGary Bettmanです。余談ですが、彼とは1886年以来長い親交が続いています。今年の春休み期間中、帝京大の学生をインターンとしてNHL本部(ニューヨーク)に1ヶ月間受け入れてくれます。また、3月初旬に彼とニューヨークで意見交換を行う予定です。
NBAの後、MLBとNHLが公式戦を日本で行い、NHLは昨年ロンドンでヨーロッパでは最初となる2007-08年シーズンの公式戦開幕試合を実施しています。
海外での最初の公式戦が行われた1990年当時、ヨーロッパのサッカー界はイタリアのセリエAがリードしていました。プレミアリーグの誕生が1992年ですから、その時、「プレミアリーグ」は存在していません。
プレミアリーグの1991-92年の収入は1億7,000万ポンド(約390億円)です。日本のJリーグが1993年開始ですが、収入の面では大きな差がありません。プレミアリーグの規模は当時小さなものでした。ところが、2007-08年には17億6,500万ポンド(約4,060億円)に達する見込みです。驚くべき伸びを示しています。
ヨーロッパのサッカーリーグでは、一般的に、放送権をクラブが管理しています。しかし、プレミアリーグは放送権・マーチャンダイジング・スポンサーシップをリーグが一括管理しています。ビジネス形態がアメリカのプロリーグと同じですから、海外での公式戦開催も比較的容易です。海外での試合開催がテレビ・マーチャンダイジング・スポンサーシップの収入増大に直結することを各クラブが理解し易いからです。
テレビを梃に収入を拡大してきたプレミアリーグがテレビをビジネスの中心に置くアメリカプロリーグに益々似てきました。日本のプロリーグが更に引き離されることになりそうです。







