今回はオリジナル原稿を投稿。
民主党の管直人氏が第94代首相に就任し、民主党の支持率が蘇った。この勢いに乗じる形で参議院選挙突入の気運が一気に高まった。菅氏はこれまでの首相とは生い立ちが異なっている。第1に、世襲議員ではない。ここ10年の間、首相は小泉氏、安倍氏、福田氏、麻生氏、鳩山氏と続いたが、全て世襲議員。しかし、彼はサラリーマン家庭に生まれている。第2に、自民党に属したことがない。1955年以降、日本の政治は、細川内閣の8カ月を除き、自民党または自民党連立政権の下で行われてきた。自民党のDNAを持たない首相としては村山富市氏以来2人目。
若い時は女性の地位向上に尽くした市川房枝氏を支える市民運動家だったこともあり、菅氏はクリーンなイメージがある。民主党政権誕生以来、小沢と鳩山両氏が引きずってきた「政治とカネ」に塗れていない点において、彼は新鮮であり、彼が主導する民主党の再スタートに期待したい。
菅氏は所信表明演説で、強い経済・財政・社会保障を強調した。彼の持論は「第3の道」だそうだ。第1の道とは、自民党政権が行った公共事業を中心とする需要創造・拡大策。第2の道とは、小泉首相が推進した民間の自由な競争を重視する構造改革路線。そして、彼が唱える第3の道とは、介護や医療、観光、環境などこれから成長が期待できる分野に重点的、且つ、積極的に資金を注入して雇用を増やし、国民生活の安定を目指すと言うものだ。だが、実際問題、強い財政と第3の道の両立は難しい。事業仕分けで官僚の天下り削減に傍聴者から拍手が起こるように、税金の無駄使い排除に一定の成果をあげない限り、国民が増税を容認することは有り得ないからだ。難しいが、彼には信念として第3の道を推進してもらいたい。そして、是非とも「スポーツ」を第3の道に加えて欲しい。
スポーツを経済の成長分野に組み入れることでは米国が日本よりも遥かにうまい。最近の米国の動きは参考になる。
米国サッカー界は、日本同様、2018年または2022年のワールドカップ(W杯)招致に立候補したが、国際サッカー連盟に提出した申請書に、もし今年12月の投票結果、招致が実現したならば、これから10年間に500人以上の新規雇用を創り出すと記載している。その内訳は、組織委員会本部に132名、試合会場となる12の都市に1都市平均38名を新規に配置できると言うものだ。もちろん、新規雇用はW杯に直接関係する組織に止まらない。W杯関連全体ではこの数倍の新規雇用が期待できる。先週から始まったW杯を招致した南アフリカが良い見本だ。会場となるスタジアムの改修や新規建設、世界中からの観戦者を受け入れるハードとソフト両面からの準備、等、大きな経済波及効果を産み出している。
しかも、米国の場合、W杯が終わってもプロサッカーリーグ(MLS)を中心にサッカー関連の組織がW杯関連新規雇用者を継続して雇い続けることができる環境が整いつつある。その1つ目が、米国スポーツへの広告支出最大手のバドワイザー・ビールがW杯のスポンサーになったこと。2つ目が、米国内でMLSの人気がようやく上向きつつあること。だから、W杯の米国招致が実現すると、サッカーが米国に完全に定着し、既存の4大プロリーグがサッカーを加え、5大プロリーグになる可能性が高くなる。
米国と日本のスポーツ産業は格差が広がるばかりだ。菅氏がスポーツ産業の潜在的成長性を理解してくれることを願っている。そうなれば、スポーツへの積極的投資によってスポーツ産業が拡大し、雇用も確実に増大するだろう。
欧州が揺れている。ギリシャの財政危機を救うために、欧州連合(EU)加盟の27カ国が、国際通貨基金(IMF)の支援と併せ、最大7500億ユーロ(約90兆円)の金融支援策を用意し、これと連動して日米欧の6つの中央銀行が短期金融市場にドル資金を潤沢に供給すると発表した。この措置が功を奏し、金融市場と株式市場の大混乱は回避できた。しかし、根本問題であるギリシャの財政不安が解消したわけではない。残念なことに、解決の鍵を握るギリシャ国民が予想される耐久生活に反対しているので、欧州の金融問題は依然波乱含みである。
EUは史上初となる壮大な実験を行っている。「欧州の平和」維持だ。欧州は2度の世界大戦を含め、紀元前から民族・宗教・言語の異なる国と地域が戦争を繰り返してきた。その反省もあり、欧州の主要国は第2次世界大戦後新しい試みとして、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)を結成した。この背景には、過去の紛争では独仏が主役を演じたので、戦争に不可欠な石炭と鉄鋼を共同管理し、その組織に両国を参加させるのが最良の策と考えられたのだ。
ECSCの成功を支えに1958年に欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(EURATOM)が発足した。さらに、ECSC・EEC・EURATOMの3組織を統合して欧州共同体(EC)を組成、欧州の政治的統合が大きく前進した。その後、93年発効のマーストリヒト条約によって、ECはEUと改称され、行政・立法・司法の3権の統合がより一層促進された。
長期的視点に立てば、EUは米国の国家組織に類似した大統領を頂点とする連合体組織になると予想するが、長い歴史を誇る国々の集合体だけに、EU内には統合推進と国家主権重視の二律背反する永遠の課題も横たわっている。ギリシャの例でいえば、ギリシャが他国から経済支援を受けても、ギリシャが主権国家である限り、負った債務が帳消しになることはない。経済問題では依然として国家主権が優先するからだ。
EUの組織体と米国プロリーグも類似している。欧州の国々はフランチャイズの下で地域独占営業権を付与された球団に例えることができる。球団の財務と運営は独立しており、関係者が合意したルールに則り、収入を分かち合うことはあるが、1つの球団の赤字を他の球団が補填することはない。また、球団のオーナー(経営者)が自分の球団の利益追求に奔走する一方で、リーグ全体の統治を委ねられているコミッショナーがリーグ全体の利益を誘導することがある。だが、最終的には経営リスクを負う球団オーナーが収入と利益の最大化を求める以上、球団利益優先に落ち着かざるを得ない。
面白い例がある。MLBのモントリオール・エクスポズが赤字・売却に陥ったとき、エクスポズを除く29人のオーナーがエクスポズを買い取り、球団を共同運営した。3年後、フランチャイズをモントリオールからワシントンに移し、球団を新しいオーナーに売却して29人のオーナーは多額の臨時収入を得たのだ。この例からも、プロリーグがオーナーを中心に動いているのが分かる。
ギリシャの問題はMLB方式では解決できない。他国がギリシャを買い取ることができないからだ。だが、統一通貨はあっても、加盟国全体の予算管理まで至らず、プロリーグのオーナー同様、結局、経済は個々の国家が解決せざるを得ないEUの現状では、ギリシャ国民が財政支出削減・公務員給与カット・年金減額を受け入れ、国家の財務内容を改善しない限り解決の道はない。また、金融市場の動揺が長引くようだと、EUの実験も遅れることになる。EU統合の意義と現状をギリシャ国民は改めて認識する必要があるようだ。
米国のMLS(プロサッカー)が団体労働協約(CBA)を更新した。1996年に協約を開始したMLSは今回が2回目の改訂だったが、ワールドカップ直前だったこともあって、幸い大きな混乱はなかった。そこで、今度は4大プロリーグのCBA改訂に注目が集まりつつある。4大プロリーグでは、2011年3月にNFL(米ナショナル・フットボールリーグ)、6月にNBA(米バスケットボール協会)、9月にNHL(北米アイスホッケーリーグ)、そして12月に野球のMLBの現行契約がそれぞれ期間終了となる。
米国政府は、大恐慌以後労働政策を転換し、労働者が労働組合を組織し、その労働組合が労働者の代表として誠意をもって経営者と平和的で協調的な交渉を行うことを支援した。労働組合と経営者の交渉を纏めた契約書がCBAである。スポーツ界ではMLBが1966年に最初のCBAを締結した。だが、交渉は全てが友好裏に纏まるとは限らない。労使は相手が妥協しない時、経営者はロックアウト(経営者による職場閉鎖)を、労働組合はストライキ(労働者の職場放棄)を行使することが許されているため、プロリーグではロックアウトやストライキによって試合が何度も中断した経験を持つ。94年にはMLBのワールドシリーズが史上初めて中止を余儀なくされたほか、最近ではNHLが04-05年シーズンの全試合をキャンセルした。そのため、CBA改訂時期になると、メディアやファンは固唾を呑んでCBA交渉の行方を見つめることになる。
米国プロリーグの労使関係は94年のMLB紛争以降、NHLの04-05年シーズンを除き、概ね友好的だった。米経済が好調で、リーグの収入が継続的に増加したことも大きな理由だ。MLBの場合、95年に14億ドル(約1300億円)だった収入が07年に60億ドル(約5500億円)にまで増え、選手年俸も大きく跳ね上がった。いわゆる「金持ち喧嘩せず」の状態が続いたのだ。
労使双方が運命共同体の気運で協調体制を組めば収入増加が実現するが、08年9月のリーマン・ショックがプロリーグの経営者に守りの姿勢を取らせたようだ。米国経済不安定を理由に、経営者が経費削減(=選手年俸調整=サラリーキャップ見直し)を唱え始めたために、11年のCBA改訂交渉は難航が確実視されるようになった。
選手会も当然対抗策を講じることになる。例えば、昨年12月に就任したウェイナーMLB選手会委員長は10年の報酬を100万ドル(約9500万円)にすると公表した。100万ドルの報酬は前任のフェア元委員長が1983年の就任以来堅持してきた額だが、セリグ・コミッショナーの1835万ドル(約17億4500万円)、NFLのアップショー元選手会委員長の600万ドル(約5億7000万円)、NBAのハンター委員長の340万ドル(約3億2000万円)などに比べると破格の低さだ。
この低報酬は11年のCBA改訂交渉に備え、MLB選手会の伝統を維持して選手間の団結を促す狙いがあるとの見方をメディアは伝えている。また、MLB選手会は着々と軍資金を蓄えていることも分かっている。08年末現在、選手会は1億4900万ドル(約140億円)の資産を保有している。この金額は、選手肖像権、選手会ロゴの商品化、スポンサーシップからの収入を集めたものだ。本来ならば選手に分配すべき性質のものだが、選手会は労使交渉が決裂した時に選手の生活費に充当するために積み立てているのだ。
MLB選手会を筆頭に、米国プロリーグの選手会は米国の労働組合の中でも最強の一つと言われている。現に、労使双方は激しいやり取りを行うし、醜いお金の分捕りあいを演じることもある。ストライキ中止を求めるクリントン大統領の仲介をも断る頑固さも持ち合わせている。一方では、この労使間の緊張がお互いを刺激し、更なる収入増加を生み出すエネルギーを醸成しているようだ。
ストライキやロックアウトは奨励しないが、骨のある選手会(=労働組合)が日本のプロリーグにも必要ではないだろうか。現実に、04年の2日間のストライキは日本のプロ野球が改革を進める切っ掛けを作った。その意味からも、11年末まで続く米国プロリーグの労使交渉は興味深い。
史上初めてバスケットボールが行われたのが1891年。バスケットボール発祥の地、米国マサチューセット州スプリングフィールドには殿堂が建てられている。先月、3人の元NBA(米プロバスケットボール協会)のスーパースター、マイケル・ジョーダン、デビット・ロビンソン、ジョン・ストックトンが、規定上最速の、引退後5年で殿堂入りを果たした。彼らの共通項の最たることは、1992年バルセロナオリンピックの米国代表メンバーだったことだ。
プロバスケットボール選手が最初にオリンピックに参加したのがバルセロナ。それまで、オリンピックの男子バスケットボールでは、ステートアマから成る社会主義国の代表チームに、学生中心の米国代表チームは歯が立たなかった。プロ参加が容認され、人気と実力を備えた当時最高レベルのNBA選手11人と大学生1人で構成された代表チームを、米国は満を持してバルセロナに送ることを決定。
結成時から「ドリームチーム」と呼ばれた米国代表は、本大会でも期待に違うことなく無敗で完全優勝を達成し、世界中がその強さに感嘆した。そして、「ドリームチーム=NBA」が世界に浸透することになった。
ドリームチームにユタ・ジャズからストックトン(プロ在籍期間84~03)とカール・マローン(同85~05年)の2人が選ばれた。ストックトンは身長が185センチ。大男ぞろいのNBA選手の中では最も背の低い一人だった。その彼がアシストの名手(1万5,806回は歴代最多)でありえたのも、206センチのマローンという相棒がいたからだ。また、プロレスラー並みの体格で確実に得点(通産3万6,928得点は歴代2位)を重ねることから「メールマン」(郵便配達人)の愛称が付いていたマローンもストックトンの存在は不可欠だった。2人が繰り出す技はNBA史上最高と賞賛され、分かっていても2人の動きは止められないと言われたモノだった。
コインの表と裏のごとき2人のコンビネーションプレーが最高に達したのが、93年にソルトレークシティーで行われたNBAオールスターだった。試合のMVP(最高殊勲選手)は文字通り1人の選手に与えられる最高の称号だが、史上初めて2人がペアで受賞した。筆者もその試合を現地で見たが、2人のプレーは芸術を超え、正に神業だったことを覚えている。
バルセロナの2年前の90年、NBAは北米大陸以外で初となる公式戦を東京で行い、世界市場進出を本格化した。そのとき来日したのがユタ・ジャズとフェニックス・サンズで、ストックトンとマローンは日本のファンの前で彼らの魅力を遺憾なく披露してくれた。
余談だが、日本のバスケットボール選手は全員、東京で行われたNBA公式戦を観戦することはなかった。ストックトンは、背の低い日本人選手が最も手本にすべき一人であったし、何よりも、上手なプレーを見ることが上達の早道であるにもかかわらず、試合当日、彼らが所属する社会人リーグは東京以外で試合のスケジュールを組んだのだ。日本のバスケットボール協会がNBAを競合相手と考えたためと推察するが、この狭量はいまでも続いていて、結果、76年のモントリオール以来、日本の男子バスケットボールはオリンピックに出場していない。
ストックトンとマローンのコンビはマローン入団の85年から始まり、ストックトンが引退する03年まで続いた。仕事は1人では何もできない。大きなプロジェクトになるに従い多くの仲間が必要になる。だが、相棒と呼ぶことができるパートナーがいない人に、仲間となる人が集まるはずがない。ストックトンとマローンを思い出し、仕事の成功の鍵はパートナー選びであることを再認識した。
元NBAユター・ジャズのジョン・ストックトンが引退後5年にして、バスケットボール殿堂入りを果たしました。彼は、1984年に入団、2003年に引退。その間、ジャズ一筋で活躍し、15,806のアシスト数は歴代最多です。日本との関係では、彼は、1990年東京体育館で行われたユター・ジャズ対フェニックス・サンズのNBA公式戦開幕試合に、ジャズの一員として来日しています。また、1992年のバルセロナ・オリンピックのバスケットボールアメリカ代表(いわゆる、「ドリームチーム」)メンバーの1人です。
現在、世界中のバスケットボール選手が、ドラフトを経て、NBA球団に入ることが可能です。しかし、一方では、最も狭い門です。なぜなら、NBAの場合、ベンチ入りの選手は12名ですから、30球団x12名=360名の椅子しか有りません。選手寿命を仮に12年(実際はもっと長いですが)とした場合、新人選手は、年に30名の入団、すなわち、1球団当り1名、で事足りることになります。従って、NBAの選手は、他人が持っていない何か特別の術がないと、入団はおろか、選手間の競争に残れません。競争の激しい世界です。だが、NBAで地位を確保すると、NBA収入の約60%を360名で分け合うのですから、平均年俸は約6億円に達します。この平均年俸は、MLB選手の倍、日本のプロ野球選手の約20倍、日本のbjリーグ選手の約100倍です。因みに、日本の平均的サラリーマンの生涯年俸の倍です。
そんなNBA選手の中で、ストックトンは身長が185cmです。NBAの選手としては最も身長の低い部類に入ります。バスケットボールの世界では、背が低いことは致命的ハンディがあります。それでも、彼は、現役期間中、超一流の成績を残しました。彼が、NBAの歴史に燦然と輝くことができるのは、「メールマン」の愛称を持つ、カール・マローンと言う「点取り屋」とコンビを組んだからです。
日本が生んだ天才バスケットボール選手の田臥がNBA入団を挑戦していますが、360名の枠に入れません。田臥はストックトンよりも小柄です。だから、田臥個人の努力だけでは限界があります。田臥には、ストックトンのジャズでの20年間を充分に研究すること、同時に、カール・マローンのような、これまた超一流の相棒を早く見つけること、を勧めます。







