執筆・メディア・講演等 ご依頼はこちらMAIL
プロフィール
メディア関連
リンク
MLB.com

NBA

NFL

NHL

2010年 9月
« 8月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
色は記事がある日です。ご覧になりたい方はクリックください。

カテゴリー

最近の記事

アーカイブ

長崎市が広島市と検討していた2020年夏季五輪共同開催を断念すると公表した。極めて残念だ。広島と長崎は他の都市と異なる。世界ひろしといえども、原爆によって壊滅的な打撃を受けた都市は広島と長崎以外にないし、今でも多くの住民が被爆の後遺症に悩んでいる。両市は、自らの体験を通じて「核廃絶」と「世界平和」のメッセージを世界中に発することができる数少ない都市なのだ。だからこそ、残された広島市の招致活動を応援したい。

一方で、被爆地の広島は政治色が強すぎると敬遠される可能性がある。さらに「スポーツに政治を持ち込むな」との意見も多い。だが五輪は、過去、国際政治の影響を常に受けてきた。五輪が世界規模で行われる以上、1936年のベルリンや2008年の北京が国威高揚に利用されたように、政治的思惑から逃れることはできない。だからこそ、五輪を通じて世界に「平和主義」を訴える機会を広島に与えても良いのではないだろうか。
広島と長崎の五輪招致表明に、IOC(国際オリンピック委員会)もJOC(日本オリンピック委員会)も初めから冷淡だった。IOCは、五輪憲章が「1国1都市開催」と定めており、2都市共催は認められないと否定的だった。だが、スポーツのルールが変わるように、五輪憲章も、時代の流れに応じて変わるのは当然だ。文言に固執する必要はない。現に、1974年に五輪の絶対的精神的支柱であった「アマチュア」の文言が憲章から削除された。選手たちが満足して競技ができるように大会全体を効率よく運営すれば良いのだから、アマチュアの文言削除に比べれば、「共催」排除は説得力に乏しい。
五輪は巨大なイベントになってしまった。現状から判断する限り、大都市でなければ五輪招致が困難となった。国家の財政支援も相変わらず必要だ。金持ちの国の、その中の大都市だけに五輪開催が許されるような仕組みがベストなのだろうか。別の見方をすれば、五輪の規模が大きくなったのだから、複数の都市が連携して効率よく開催するのであれば「共催」を認めても良いのではないか。器用な日本人が苦もなく共同開催をやってのける様を世界に見せたいものだ。
1984年のロサンゼルス大会から五輪はプロ(すなわち、商業)化が一気に進んだ。以来、放送権利料やスポンサーシップの高騰によって、開催都市の組織委員会の収支は黒字に転じた。

もちろん、五輪を開催するに当たって、空港・港湾や鉄道網の整備、高速道を中心とする道路網の拡充、競技施設の改修や新規建設など、公共事業的投資が欠かせないので、五輪に対する国家の経済的負担は依然として大きい。開催都市と国家の協力が不可欠ならば、それこそ、地方分権を推し進めようとしている日本では、東京よりも地方都市での五輪開催が時代に合っている。だから、広島の五輪招致に魅力を感じるのだ。都市選定では、中立・公平であるべきJOCが、現時点では明らかに、広島(と長崎)よりも東京を支持している。確かに、都市機能が充実しているので、東京が圧倒的に有利である。加えて、世界の人々も東京の方を良く知っている。
一方で、東京はある種致命的欠陥を抱えている。超一流かどうかを別にすれば、東京には何でも揃っている。無いものはない。しかも、東京都も国も、五輪の力を借りなくても、必要ならば、公共施設を作る力が備わっている。だから、都民は五輪に期待するものが少ない。都民の考え方が多様化しているのも東京都に逆風だ。都民の大多数が五輪招致を是が非でも実現したい、と熱狂的にならないからだ。地方分権の観点からも、広島を中心に、中国と九州の主要都市が連携して、地球環境に最大限配慮した五輪実現を目指すべきだ。広島は東京よりはるかにハードルが高い。だからこそ、広島(と長崎)は2020年にこだわらず、開催が実現するまで毎回、「平和」をスローガンに招致活動を続けるべきである。広島(と長崎)こそ、「継続は力なり」を示して欲しい。

トラックバック URL : http://blog.nippon-sports.com/archives/279/trackback/

コメントはこちらから