以下、オリジナル原稿
読売ジャイアンツ(巨人)の内紛と横浜ベイスタース(ベイスターズ)の売却劇は一見すると別々の事柄に見えるが、仔細に分析すると、2つの事件からプロ野球の構造改革を促すべき共通の問題点を見出すことができる。今は奥深い小さな流れだが、近い将来本流となって本格的な改革を推し進めることになるだろうか。
意思の疎通を欠いた巨人首脳部とベイスターズの売却・買収に関った人たちの言動を辿ると、本来プロスポーツリーグで経営の主軸にすべき「文化的公共財」と「戦力の均衡」の考えが完全に欠落していることに気付かされる。由々しき問題である。しかも、日本プロ野球機構(NPB)が抱える問題はこれだけではない。山積の状態だ。人気があり球団の主力となる選手の海外移籍は球団の「利益」とならないが、NPBの球団は、米国メジャーリーグ(MLB)との収入格差から生じる有力選手のMLB移籍に直面している。最早、半端な数ではなくなった。一方、国内にあっては、テレビ視聴率の低下傾向と地上波放送の減少に歯止めが掛からない。そんな中、パ・リーグ球団は黒字化と独立経営の確立を最優先し、新しい流れを作り出そうとしている。
選手の海外流出阻止と球団の黒字化・収入拡大は密接な関係に有り、この課題の改善・解決には、12球団とリーグが、球団と球場は美術館・博物館・オペラハウス・コンサートホール同様、「文化的公共財」であるとの認識を共有する必要がある。同時に、どの試合も球場を満席にするために、米国のプロリーグと同じく「戦力の均衡」を経営の柱にすべきである。
2つの事件を基に、プロスポーツリーグ経営の本質を論じながら、NPBの将来のあるべき姿を考察することにする。
巨人の清武英利元球団代表兼GMの記者会見には皆が驚いた。彼が読売新聞グループ会長兼主筆、及び、巨人の会長である渡邉恒雄氏を強烈に批判したからだ。想定外の会見内容だったが、当初は普通の会社でも起り得る上司と部下のコミュニケーション不足と思われた。
資料-1 巨人の組織・指示系統
球団会長
グループ取締役会
オーナー
球団社長
財務・経理・総務、等の部門
Business Operation Baseball Operation
(営業) (チーム運営・管理)
GM
監督
コーチ・スタッフ
選手
球団の組織と指示系統を資料-1で示すが、渡邉氏の職務と権限は読売グループの最高位。巨人はグループ内の小さな子会社に過ぎない。グループ内の人事序列では、球団社長と言えども本部長クラス、清武氏の場合は部長並み。超多忙な球団会長と社長とGMの間に意思の疎通が完璧に行われていたとは思えない。「鶴の一声」が過去に何度もあったに違いない。しかし、こんなことは一般企業でも良くある話だ。
所が、記者会見から1週間後、読売新聞が臨時取締役会を開いて清武氏の解任を決めた。これで様相が一変した。球団人事に対する露骨な直接介入によって親会社の読売グループには巨人を「公共に資する」との考えがない事が明らかになったのだ。また、この決議によって、「フランチャイズ地域に根付くべき球団は誰のものか?」との根本的命題を提議することになった。
資料-2 球団の収支構造
収入 収支 支出
地方市場 選手年俸
(1)チケット販売 選手関連経費(遠征費用など)
(2)球場内物品販売 球場使用料
全国市場 球団事務所経費
(3)テレビ放送 役員・職員給与
(4)商品化
(5)スポンサーシップ
巨人を取り巻く経営環境を分析すると、巨人の収益低下傾向に歯止めが掛からないことに対する読売グループ首脳の焦りが今回の反乱の背景にあったような気がする。プロスポーツリーグが消費者(=ファン)に売る商品は「試合」。球団の収入項目を資料-2で見て欲しい。巨人は、5つの収入源の内、(1)チケットと(3)テレビ放送権利料にその収入の大半を依存している。なぜなら、(2)球場内物品販売は東京ドームが管理しており、(4)マーチャンダイジング(=商品化)と(5)スポンサーシップはビジネスとして殆ど機能していないからだ。
チケットがプラチナと評され、テレビ視聴率が高かった時の巨人は超優良企業であり、読売グループに多大な貢献をしたに違いない。しかし、今年、観客動員数は過去最低を記録し、巨人主催試合の地上波テレビ放送が更に減少した。これでは、近い将来巨人の赤字も有り得ないことではない。これまで「読売の、読売による、読売のための球団」を貫くため、巨人は、テレビ放送を読売-日本テレビのルートを中心に全試合を権利処理してきた。そのため、残された全国市場から得るべき2つの権利からの収入をリーグ全体で凍結せざるを得なかった。だが、今、収入減少に苦しむことになったのだ。
かかる状況を鑑み、読売グループ首脳は、ファンの巨人離れを阻止するために、観客を呼べる東海大の菅野智之投手の獲得とクライマックス・シリーズを勝ち上がっての日本シリーズ制覇に大きな期待を寄せたに違いない。しかし、2つ共に実現しなかった。そこで、渡邉氏は巨人フロントに「檄を飛ばした」心算だったのだが、清武氏は不当な介入と受け取ったのではないだろうか。
12月1日のオーナー会議で、横浜ベイスターズ(ベイスターズ)のTBSホールディングス(TBS)から携帯向けのゲームを生業とし、急成長を続けているDeNAへの譲渡が承認され、昨年来のベイスターズ売却が完了した。ベイスターズの売却・買収は1年以上に亘る時間と紆余曲折の交渉を経て終了したが、多くの会社と人が関与しただけに、交渉の過程でいくつかの問題点が浮き彫りになった。例えば、
1つ目は、ベイスターズの恒常的赤字体質。TBSが買収した時の2002年のベイスターズは黒字だった。しかし、選手補強に失敗し、近年は赤字が続いていた。収入構造を分析すると巨人と類似している。即ち、収入を(1)チケット(3)テレビ放送に依存する体質なのだ。だから、巨人同様、観客減少でチケット収入が落ち、テレビ中継の全国放送の減少で放送権利料収入が低下した。これがお手上げの要因である。
2つ目は、DeNAのベイスターズ買収目的。昨年の住生活グループが短期的な広告宣伝効果を目的にベイスターズの買収を試みたように、DeNAも商品名の「モバゲー」を球団名にしようと計った。そのために、DeNAが短期的視点で球団買収を行うのではないのか、また「文化的公共財」を認識していないのではないのか、との疑問符が付いた。今もこの疑念は完全に払拭されていない。
3つ目は、横浜スタジアムの経営姿勢。横浜スタジアム(球場)は第三セクター。市民のために存在する。ベイスターズの売却の交渉過程で、過去の経緯は別にして、球場使用契約が球場に一方的に有利な片務的内容であることが判明した。球団が大赤字を出す一方で、球場側は黒字。しかも100億円を超える剰余金の蓄積。潤沢な内部留保があるならば、球場は使用条件を緩和して、見返りにチケット代金の減額を球団に求めるのが「地域と共存」する球場のあり得るべき姿勢だが、実際はそうではない。
4つ目は、TBSの売却額。TBSとそのグループは、2002年にマルハ(現在、マルハニチロ)から53.8%のベイスターズの株を140億円で購入したが、今回、2002年以前から保有していた株と合せ、66.92%の株を65億円で売却した。10年間で資産価値が半分以下に減少したことになる。仮にMLBのオーナーたちが同じような案件の承認を求められたら、「否」との結論に至るだろう。なぜなら、彼らの球団保有目的は、会社保有と同じく、球団資産を高くした時点で買収額よりもより高い額で売却することにあるからだ。従って、NPBのオーナー会議でもTBSを除く11球団のオーナーの誰かが、資産を減額しての売却は相場の低下に繋がるので困ると、TBSに文句の一つでも言うのかなと注目したが、誰もそのことに触れなかったようだ。これではリーグ全体を繁栄させる思想は育まれない。
巨人の内紛とベイスターズの売却を通じて重要な問題点が浮上した。現状の権利処理システムの下では、巨人でさえ赤字になりかねないことだ。ベイスターズは大幅な赤字を計上し続けなければならなかった。所有がTBSからDeNAに移っても、ベイスターズの赤字体質は変らない。だが、他の球団も大同小異の状態で、資料-2で示す収入の各項目について満足な収入を挙げることが出来ずに、損益分岐点を上下しているのが現状だ。
この状況は、2004年の選手会によるストライキ後に改善されるべきであった。経営者側と選手会側が、「放送権と再配分」、「選手年俸抑制」、「ドラフト改革」、「選手移籍の活発化」等を推進する旨合意したが、当時は経営者に危機感が無く、全く改革は前進しなかった。構造改革が進まない間に、MLBがリーグを挙げて業績を伸ばした結果、MLB球団の平均収入額とNPBのそれとの差が約100億円に拡がった。更にその差が拡大する傾向にある。この格差が有力選手のMLB移籍を後押ししていることを勘案すると、早急に構造改革に着手して日米の球団収入格差を是正する必要がある。だが、その施策目的は、リーグ全体の増収・増益であることは言うまでも無い。この時にリーグと球団の経営的支柱になるのが「文化的公共財」と「戦力の均衡」の思想である。この2つの思想と権利処理が構造改革を進める上では表裏一体の関係になる。その理由を資料-2に従い述べることにする。
1. 地方市場のチケットと球場内物品販売(球場内広告看板を含む):
プロスポーツリーグの商品である「試合」は1球団では生産できない。試合は必ず2球団の共同作業で生産されるので、球団が個別に我儘を言うことは許されず、全球団によって構成されるリーグが会社組織と同じ機能を持つことになる。個々の球団にはフランチャイズ、即ち地域独占営業権が付与され、フランチャイズの地域に住む人たちが球団の最も大事な顧客(=ファン)になる。だが、このシステムは1人のオーナー対多数のファンの関係を構築し、「売り手市場」を形成する。このことからも、球団が地域密着のファンサービスを行うことは必然的であり、地域との共存共栄が求められる。球団がシーズン中に全勝することも無ければ、全敗することもない。6割の勝率で優勝に近付くことができる。球団は勝ったり負けたりするものだから、地域と一体との思想がなければ、全ての試合を満席にすることはできない。
物品販売は、チケット保有者が顧客になる。従い、チケットと球場内での販売はフランチャイズ地域限定の、所謂地方市場でのビジネスである。入場者数と売上が比例するので、チケット販売が優先されなければならない。2005年に球界参入初年度の東北楽天ゴールデンイーグルス(楽天)が球場との一体経営を計って営業黒字を達成した。地方市場のフランチャイズ地域で最大の収入を挙げる方法は「球団と球場の経営の一体化」であることを楽天が実現した。全国市場での収入が少ないパ・リーグ球団が楽天の経営手法に追随し、今では5球団が球団と球場の一体化を実現した。北海道日本ハムファイターズも札幌ドームとの協調体制を整えたので、パ・リーグの球団の大半が損益分岐点を上回る収入の域に達している。一方、阪神タイガースと広島カープを除くセ・リーグの4球団は球場との経営の一体化を進めることができない。この差が、現在、元気で勢いのあるパ・リーグと元気が足りないセ・リーグとなって現れているようだ。
「フランチャイズ制」と「球団と球場の一体化」は地域住民及び地方自治体との協調があって有効に機能する。球団と地元との絆が「文化的公共財」の思想である。この絆がなければ、地方自治体が「球場」を建設するための税金投入が正当化されない。文化的公共財の考えは親会社の球団に対する露骨な介入や利益誘導を容認しない。だから、チケットと球場内物品の収入増加を支える文化的公共財の理解を深める延長線上に、米国プロリーグの全球団のように、球団名からオーナー(親会社)の名前を消す作業が待っている。
2. 全国市場のテレビ放送、マーチャンダイジング、スポンサーシップ:
テレビの電波はフランチャイズ地域を超えて全国市場のみならず世界中に送ることができる。加え、テレビは映像を通じて、マーチャンダイジングの認知・知名浸透を牽引する。そして、マーチャンダイジングの商品群がセールスキャンペーンのツールに利用可能となってスポンサーシップがビジネス化される。テレビ、マーチャンダイジング、スポンサーシップの3つの権利は全国に展開すべきなので、個別に球団が権利処理するのではなく、誰か1人(例えば、コミッショナー)が一括管理するのが理に適っている。この場合も、1人のコミッショナー対多数の契約者の関係になり、「売り手市場」を形作ることができる。
コミッショナーの一括管理の下では、全国市場で展開する3つの権利から得た収入が全球団の共有勘定に蓄えられて全球団に均等分配される。これが「球団収入の均等化」を促すことになる。
球団収入の均等化は選手年俸総額の均等化を推進する。選手年俸総額と球団戦力は比例するので、コミッショナーが額に汗をして増収を計ることが、「戦力の均衡」の促進に繋がる。戦力の均衡を推し進めるに当っては完全ウェーバーのドラフト導入は不可避であるが、もっと重要なことは、戦力の均衡が対戦する2球団の戦力を拮抗させるので、手に汗する試合をより多く現出することになる。このことがチケットを購入するファン(顧客)の期待なのだから、球場を毎試合満杯にする最も有効な手段と言うことになる。
果して、巨人の内輪揉めとDeNAの球界参入は、ファンのために「パンドラの箱」を開いたことになるだろうか。